- 2015-2-13
大館の町に厳しい冬がやってきました
今日はたいへんな吹雪です
誰だってこんな時には出歩きたくありませんよね
動いて見えるのは風と雪ばかりです
ここは大館に一軒残る映画館、御成座です
でも、待てど暮らせどお客さんは来ません
こんな天気じゃ仕方がないのかな…
御成座があきらめて早じまいしようとした時です
「すいません…道に迷った子ぎつねです、映画を見せていただけないでしょうか?」
寒さに震える小さなキツネが一匹、入口の前にちょこんとたたずんでいました
「おやまあかわいいお客さんだ。お入りなさい、中は暖房でポカポカだよ」
ようやく来たお客さんは、一人でなく一匹でした
それでも映画が上映できるのですから
御成座は喜んでフィルムを回しました
子ぎつねは喜んで跳ねまわり
何度も何度もお辞儀をして帰りました
翌日も大館は吹雪でした
やっぱり今日もお客さんは来ないのかな…
御成座があきらめて早じまいしようとした時です
「すいません…映画…まだやっていますか…」
そこには雪の中だというのに傘もささず、美しい少女が立っていました
「おやまあ寒さで顔が真っ白じゃないか。お入りなさい、中は暖房でポカポカだよ」
ようやく来たお客さんに、喜んでフィルムを回す御成座
しかしどうしたことでしょう
映画が終わると、女の人が座っていた席には誰もいなかったのです
驚いて座席に近寄ると、そこは雪でも溶けたかのように
ぐっしょりとシートが濡れていたのでした
きっと雪の子が、自分が溶けてしまうのも覚悟して
大好きな映画を見に来たのでしょう
御成座はちょっぴり切ない気持ちになりながら
濡れたシートをドライヤーで乾かしました
そしてまた次の日も、大館は吹雪でした
こんな様子じゃ今日もまたお客さんは来ないのかな…
御成座があきらめて早じまいしようとした時です
「おい、映画だ…映画を見せろ!」
おっかない人相の男の人が映画館に飛び込んできました
「どうぞお入りくださいな。そんなにせっつかなくたって、映画は逃げやしませんよ」
感じの良い人にも、悪い人にも、平等に映画を見てもらうのが映画館です
どんなおっかない顔をしていても、あの人は映画が好きなんだな
そう思えばなんだか嬉しいじゃないですか
御成座はニコニコしながらフィルムを回しました
映画が終わった後の男の人の表情は、なんだか憑き物が落ちたようにも見えました
男の人は「ありがとよ」と小さく言うと、夜の雪の中に消えていきました
御成座は次の日の新聞で、逃亡中の凶悪犯が自首したという記事を見つけました
さて、大館は今日もまた吹雪です
あなたが来ないと…
今夜こそ、早じまい してしまうかもしれませんよ
(*この物語はフィクションです。実際の早じまいにはこのようなドラマチックな展開はございません。)